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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1725号 判決

昭和五六年(ネ)第一、六〇七号事件被控訴人・同年(ネ)第一、七二五号事件控訴人(以下「第一審原告」という)

荒井正之

右訴訟代理人

岡村親宜

内藤功

藤倉眞

昭和五六年(ネ)第一、六〇七号事件控訴人・同年(ネ)第一、七二五号事件被控訴人(以下「第一審被告」という)

日産ディーゼル長野販売株式会社

右代表者

鈴木正雄

右訴訟代理人

湯本清

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  第一審被告は第一審原告に対し金三、〇二三万六、二七九円及びこれに対する昭和五三年六月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  第一審被告の控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用はこれを二分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

四  この判決は第一審原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  第一審被告は自動車及びその部分品、原動機及びその付属品の各販売及び修理等を営業目的とする会社であり、第一審原告は第一審被告会社に雇用され(以上の点は当事者間に争いがない。)、その上田支店販売課業務係に所属して会社が販売した自動車を買主の許に運んで行つて引き渡すこと(納車)を担当業務の一つとしていたこと、

2  本件トラックは、通常、土木建築工事等において砂利、土砂などの運搬に用いられる大型の貨物自動車であつて、積荷の荷降しを容易にするため運転台に据え付けられた昇降切替レバーを操作することにより荷台の前部を押し上げこれを最大限六〇度まで後方へ傾けることができ、また車輛の点検、整備等の作業を容易にするため車台に取り付けられたキャブロック装置を操作することにより運転台を前傾させその下の部分を露出することができるという機能的特徴をもつていること、

3  ところで、本件トラックは第一審被告が訴外高橋義行に売り渡した中古車輛であるところ、第一審原告は昭和四七年六月一三日、その引渡しのため本件トラックを運転して他の車輛で同行する同僚の訴外那須武夫とともに、長野県小諸市甲二七一〇番地の右高橋方へ向かい、同日午後三時三〇分ごろ、付近の路上に本件トラックを停車させたこと(この点は当事者間に争いがない。)、

4  そして、第一審原告は右高橋義行を呼び出し、車輛の整備状態を確認し、操作方法等を会得してもらうため、同人と一緒に本件トラックの運転台に乗り、昇降切替レバーを操作して荷台の昇降の仕方を、次いで、運転席を降り、キャブロック装置を操作して運転台を前傾させる方法をそれぞれ説明したうえ、同人をして実地に右の順序で同様の操作をさせたのであるが、同人が前傾させた運転台を元に戻そうとしたところ、装置の動きが悪く戻り切らなかつたこと、

5  そこで、第一審原告は、同人に再度昇降切替レバーを操作して荷台を上げてもらい、そのままの状態で自らは車台の左側フレームに乗つてキャブロック装置の付近を下を向いて点検したところ、これを支えている個所に塵あるいは砂様のものが付着していたので、これが前記装置の動きが悪い原因とみて手近のクランクハンドルで叩き落しているうち、突然、荷台が降りてきて、荷台と車台フレームの間に挾まれたこと(右のうち、第一審原告が荷台を上げた状態のまま、本件トラックのフレームに上り、下を向いて点検していたところ、荷台が降りてきて荷台と車台フレームとの間に挾まれたことは当事者間に争いがない。)、

6  そのため第一番原告は第一二胸椎圧迫骨折の傷害を受け、治療の結果、昭和五〇年六月症状固定の状態に達したものの、脊髄損傷による下半身不随の後遺障害が残つたこと、

以上の事実が認められ〈る。〉

そこで右荷台の突然の降下の原因について検討してみるに、〈証拠〉によれば、本件トラックの車台左側フレームの近くには剥出しの状態で切替ロットがあり、右側には同じく剥出しの状態で連結ジョイントがあること、これらの装置は運転台の昇降切替レバーと連動しており、荷台を昇降させる機構の一部分を構成していること、そのため運転台で昇降切替レバーを操作しなくても、右切替ロット、あるいは連結ジョイントに力が加わると、上がつていた荷台が降下することが認められる。また、右横山信の証言によれば、本件事故の翌日、事故原因究明のため上田労働基準監督署の係官が第一審被告会社の担当者立合いの下に本件トラックを調査したところでは荷台の昇降系統の装置には異常はみられなかつたことが認められ、これらの事実に、事故の際第一審原告がとつた前認定のような行動を合せ考えると、荷台の突然の降下は、点検中、第一審原告が誤つて前記切替ロットに触れ、これに運転台で昇降切替レバーを操作したと同様の力が加わったために生じたものと推認することができる。

二第一審原告はまず、本件事故について第一審被告に不法行為責任があるとしてそれによる損害賠償請求の主張をするのであるが、本件記録によれば、第一審原告が最初に右の主張をしたのは昭和五七年四月一五日の当審における第四回口頭弁論期日(その昭和五六年一二月二〇日付準備書面)においてであることが認められるところ、本件事故につき第一審原告が安全保護義務違反(債務不履行)による損害賠償請求の訴えを原審に提起したのが昭和五三年五月二七日であることは本件記録によつて明らかであるが、右不法行為による損害賠償請求と債務不履行による損害賠償請求とはその基礎となる事実関係を同じくし、しかもそれによつて生ずる損害の填補を目的とするものであることを考えると、第一審原告は遅くとも本訴提起の時点で不法行為に基づく損害の発生及び加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとで、可能な程度にこれを知つたものと解するのが相当であり、右主張の時点では既に三年以上を経過していることは明らかである。もつとも、本件訴えが提起されたのが昭和五三年五月二七日であることは前示のとおりであり、第一審原告が右訴え提起の当初から本件事故について第一審被告の安全保護義務違反による損害賠償請求の主張をしていることは記録上明らかである。そして、右不法行為による損害賠償請求権と安全保護義務違反による損害賠償請求権とがその基礎となる事実関係を一にし、いずれも本件事故によつて第一審原告の蒙つた損害の填補を目的とするものであることは前示のとおりであり、また両者は同一の法体系に属する極めて類似した請求権ではあるけれども、右両言求権はそれぞれその成立要件を異にするものであつて、実体法上、別個独立の請求権と解するのが相当であるから、安全保護義務違反による損害賠償請求の主張をもつて直ちに不法行為による損害請求権についても裁判上の請求があつたものと認めることはできない。また、これと同様な意味において、第一審原告がなしたと主張する昭和五二年一二月二六日付(同日到達)書面による催告も時効中断の効力を生ずるものではない。

そうすると、第一審原告主張の不法行為による損害賠償請求権は、これが本訴において主張された時点では、既に時効により消滅しているというべきであり、したがつて、第一審原告の不法行為による損害賠償の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三次に安全保護義務違反による損害賠償の請求について検討する。

(一)  一般に雇用契約においては、使用者は被用者に対して、被用者が提供した労務に対する報酬支払の義務を負うだけに止まらず、信義則上、これに付随する義務として、被用者からの労務の供給を受けるため使用者が提供する場所、施設若くは器具等の設置管理又は被用者が使用者の指示に基づいて従事する業務の管理に当つて、被用者の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮する義務を負うのであり、その具体的内容は、使用者が提供する物的設備及び被用者が従事する労務の種類、性質など具体的な状況に応じて異なるものである。そこで、これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、(1)第一審被告会社上田支店には、その本来の業務を担当する部署として販売課と整備課(後にサービス課と改称)があり、販売課では自動車その他の車輛の販売及びこれに関連する業務を、整備課では自動車その他の車輛の修理、整備及びこれに関連する業務をそれぞれ分掌していること、(2)第一審原告は昭和四五年七月一三日、第一審被告会社に雇用され、当初上田支店整備課整備係に配属されたが、翌四六年一月から同支店販売課業務係に配置換えとなり、納車等の業務を担当することになつたこと、(3)ここに納車の業務というのは販売業務担当者が販売した車輛を買主に引き渡すことをいうのであるが、この場合、納車業務担当者は買主に対してそれぞれの車輛の種類に応じてその構造上、機能上の特徴や各装置の操作方法等についてひととおりの説明をするほか、実際に各装置を操作してみせ、また買主に操作してもらつてみるのが通常であること、(4)とくに、販売した車輛が本件トラックのような中古車である場合には、買主としては当該車輛の整備が十分にされているかどうかについて多大の関心を抱いているため、納車の際の担当者の説明もいきおい念入りなものとならざるを得ず、新車の場合よりその負担が重くなること、(5)そして、その際、装置の一部に整備不良の個所のあることが発見されたような場合には、第一審被告においては、納車業務担当者がいつたん当該車輛を再整備のため整備工場に持ち帰り、あるいは納車業務担当者からの連絡に基づき整備業務担当者が現地へ赴き、点検、修理等に当るという体制が採られてはいるが、買主に対する実地説明の過程で装置の一部に調子が悪いのに気付いたときは、納車業務担当者としては、右のような措置を採る前提として、ひとまず調子の悪い個所を自ら点検しその原因を調査してみることは当然の成行きであること、以上の事実が認められ、ほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件トラックのような車輛の納車業務を遂行するためには、当該車輛の構造等についてひととおりの知識を有し、かつ各装置の操作方法を会得していなければならないわけであるから、第一審被告においてその被用者に本件トラックのような車輛の納車業務を担当させるに当つては、予め、その荷台を上げた状態のままにしておくとこれが突然降下することがあり得ることの危険性を含めてその構造等についての正しい知識や各装置の的確な操作方法を熟練者による実地に即した指導等によつて体得させておかなければならないというべきである。そればかりでなく、前認定のように、本件トラックは運転台の昇降切替レバーを操作することにより荷台の前部を押し上げこれを最大限六〇度まで後方へ傾けることができ、また車台に取り付けられたキャブロック装置を操作することにより運転台を前傾させることができるところにその機能的特徴があるわけであるから、その納車に際し、納車業務担当者は、実地説明の過程で買主にその操作をしてみせ、また、便宜上、荷台を上げ又は運転台を前傾させた状態で構造等の説明をすることは十分予測し得るところである。とりわけ、中古車は新車と異なり相当期間使用に供されたものであるから、納車に先立ち十分な整備が行なわれるとしても、整備の際の見落しや整備の不完全等のため納車の段階に至つてはじめて装置の一部に調子の悪いところのあることが発見されることもないではない。そうした場合、その対応措置を採る前提として、納車業務担当者がひとまず荷台を上げ又は運転台を前傾させるなどして自ら問題の個所を点検することも事態の自然の成行きとして十分にあり得ることである。しかるところ、本件トラックの荷台は、これを上げたままの状態にしておくと、運転台の昇降切替レバーを操作しなくとも何かの拍子で連結ジョイントあるいは切替ロットに力が加わるだけで降下するものであることは先に認定したとおりであり、自動車に安全ブロック等が使用された状況の写真であることに争いのない〈証拠〉によれば、そのため、一般にトラックの荷台を上げた状態のまま点検その他の作業をする場合には荷台の突然の降下を防止するのに予め荷台と車台との間に安全ブロック、安全支柱等をあてがつておくという方法が採られており、第一審被告会社においてもその整備工場ではこれが励行されていることが認められる。そうだとすれば、第一審被告としては、その整備工場においてのみでなく、納車業務の担当部署にも右安全ブロック等を備えおき、納車業務担当者に対して、本件トラックのように荷台を昇降させることのできる車輛の納車をする場合において、荷台を上げた状態のままで実地説明、点検等をするときは、必ずこれを使用するよう指導教育すべきであり、第一審被告は第一審原告に対し、本件トラックの納車業務を担当させるについては、以上のような安全保護義務を負つていたものである。右安全ブロック等の使用の点について、第一審被告は、本件事故当時施行されていた労働安全衛生規則にはこれを義務付ける趣旨の規定が存しなかつたことを根拠として、第一審被告には右のような義務はなかつたと主張するが、その理由のないことは原判決に説示するとおりである(原判決二七丁裏一一行目冒頭から二八丁裏四行目末尾まで)から、これを引用する。

(二)  そこで、第一審被告に右安全保護義務の不履行の事実があつたかどうかについて審究するに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、(1)第一審原告は昭和三八年三月に長野県立上田東高等学校を卒業後、上田市内の多摩電気工業株式会社、横浜市消防局戸塚消防署勤務を経て、第一審被告会社に入社したものであり、その間、昭和三九年一一月に自動車の運転資格を取得し、また、消防署に勤務中、一時、勤務の傍ら親戚筋の経営するガソリンスタンドで業務の手伝をしたことから、部品の取替え、調整など、自動車の整備について多少の経験を有してはいたが、それ以上に専門的な知識や技術を身に付けていたわけではなかったこと、(2)第一審被告会社に入社後、第一審原告がその上田支店整備課に配属されたことは既に認定したとおりであるところ、同支店の整備工場にはダンプトラックの荷台の不意の降下を防止するための用具として、昭和四五年四月当時において安全ブロックが三台分、六個備え付けられていたほか、その代用となる車輪止め、台木、「うま」と称する鉄製の台などがあり、工場では作業班長及び熟練者が未熟練者には実際の作業を通して、整備対象車輛の構造、機能及び安全ブロック等、安全具の用い方等を教示するほか、課長又は作業班長が、課内会議又は恒例のミーティングの席上、作業員に対し、安全具を正しく用いるように注意したり、時には安全具の正しい使用を怠つたことから生じた労災事故の例などを挙げてその使用の励行を促がしたりしていたこと、(3)また、工場では、熟練者と未熟練者とが一つのチームを組み、後者は前者を補助するという形の作業体制が採られており、第一審原告は、整備課に配属されている期間中、右補助作業員として前後四〇回余にわたりダンプトラックの整備に関与したところ、このうち二〇回余はリヤースプリングピン・ブラケット交換、デフ脱着修理、新車納入整備、エンジン・ライニング交換等の作業であり、これらの作業は荷台を上げて行なう必要があるため、その際には、上げられた荷台と車台との間に安全ブロック等をあてがい、その不意の降下を防止する手順を踏んで作業が進められたこと、(4)以上のように、第一審原告は、整備課に所属している間にダンプトラックの荷台が不意に降下することのあり得ることについてその機構的原理までは理解するに至らなかつたものの、日常の業務を通じて、あるいは課長又は作業班長の訓話等によつて、ダンプトラックの荷台を上げて作業をする場合には、予め安全ブロック等によつてその不意の降下を防止する手順を踏まなければならないことを知つたこと、(5)しかし、前認定のとおり、第一審原告は入社後半年に満たない間に整備課から販売課へ配置換えとなり、その後は、毎日の朝礼の際、時折、支店長から作業の安全について一般的な訓話があつたほかは、第一審原告に対しその担当業務との関連で作業安全に関する具体的な教育、訓練は行なわれなかつたこと、以上の事実が認められ〈る。〉

右事実によれば、本件事故当時、第一審原告は、ダンプトラックにおいては、その荷台を上げたままの状態にしておくと、荷台が突然に降下することがあり得るため、その状態で何らかの作業をするときは、予め荷台と車台との間に安全ブロック等をあてがつておかなければならないことを知つていたことは明らかであるが、右認定のように、第一番原告がダンプトラックとのかかわりを持つようになつたのは第一審被告会社に入社してからのことであり、上田支店整備課においてその整備作業に従事し、これとの関連で作業安全に関する具体的な教育、訓練を受けたのは半年に満たない期間であること、及び本件事故の際に第一審原告が採つた行動に照らすと、第一審原告が右のことを知つていたというのは知識として持つていたという程度のことであつて、これを体得するまでには至つていなかつたものと推認することができる。すなわち、第一審原告は本件事故当時、本件トラックのような車輛の納車業務を担当するのに必要なその構造、機能についての正確な知識や各装置の的確な操作方法を体得していたとはいえないのであり、換言すれば、第一審被告は第一審原告に本件トラックの納車業務を担当させるについて右構造等についての正確な知識や各装置の的確な操作方法を予め体得させておくべき義務を完全には履行していなかつたということができる。また、原審証人横山信の証言によれば、第一審被告会社においては、本件事故以前にはこれと同種あるいは類似の事故が発生したことはないのみならず、同業者においてそのような事故が発生したとの情報に接したこともなかつたし、納車業務においては、業務担当者がダンプトラックの荷台を上げた状態で点検その他の作業をすることはあり得ないとの判断から納車業務の担当部署に安全ブロック等を備えおき、業務担当者に対して納車の際にこれを携帯して使用することを励行させるような指導はしていなかつたことが認められる。

以上説示したところによれば、第一審被告は第一審原告に本件トラックの納車業務を担当させるについて第一審原告に対して負担する前述の安全保護義務を履行したとはいえず、第一審被告がこれを履行していれば、本件事故は避けることができたというべきである。

(三)  ところで、第一審被告は、本件事故はもつぱら第一審原告の過失によつて生じたものであり、第一審被告には安全保護義務の不履行につき帰責事由がない旨主張するが、前述したところからすれば、第一審被告には、本件トラックの納車に関して第一審原告のような、いまだその資格条件を備えるまでに至つていない未熟練者を適格性を十分に確かめないでその業務担当者にあてた点において、また本件トラックのような車輛の納車業務においても業務担当者が荷台を上げた状態で点検その他の作業をすることが予測されるにもかかわらず、漫然とこれを看過していた点において過失があるということができるから、第一審被告の右主張は理由がない。

したがつて、第一審被告は第一番原告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべきである。

四進んで、右損害の数額について検討する。

1  逸失利益 金二、八五八万三、七四八円

本件事故のため第一審原告が第一二胸椎圧迫骨折の傷害を受け、治療の結果、昭和五〇年六月には症状固定の状態に達したものの、第一審原告には脊髄損傷による下半身不随の後遺障害が残つたことは先に認定したとおりである。そして、いずれも〈証拠〉によれば、第一審原告は、傷害が症状固定の状態に達した昭和五〇年六月一〇日ごろ、いつたん、元の職場に復帰し、仕事に就いたのであつたが、脚部のしびれや褥瘡の痛み、排泄の際にその感覚がないことなどのため勤務に耐えられず、出勤と欠勤を繰り返し、昭和五二年八月からは全く出勤しなくなつたこと、そこで、第一審被告は、第一審原告に将来にわたつて勤務する意思のないことを確認したうえ、就業規則第二二条第一号にいう「負傷、疾病、老衰等のため、もしくは精神または身体の著しい障害のため将来にわたり業務に耐えないと認めるとき」に当るとして昭和五四年一二月三一日付で第一審原告を解雇したこと、が認められる。以上の事実に、第一審原告の前記後遺障害が労働者災害補償保険法施行規則別表第一障害等級表の第一級に該当することを合せ考えると、第一審原告は現在のところその労働能力を一〇〇パーセント喪失しており、将来における回復の可能性及びその程度が明らかでない以上、この状態は生涯継続するものとみるのが相当である。

そこで、このために生じた損害について検討するに、第一審原告が第一審被告から給与、賞与等として原判決添付別表(一)記載のとおりの支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、これに、〈証拠〉を合せると、本件事故の翌日である昭和四七年六月一四日から同五一年三月三一日までの期間においては、第一審原告は第一審被告から、欠勤のため昭和五〇年一二月分給与で金二万八、四五五円、昭和五一年一月分給与で金四万七、四二五円、同年二月分給与で金六、八六八円、合計金八万二、七四八円減額されたほかは、本件事故に遭遇することなく健康な労働者として勤務した場合、第一審被告会社から支給される給与(本給・加給)及び賞与(夏期・冬期)の全額(毎年四月一日から実施される定期昇給による増差額分を含む。)に相当する金員の支払いを受けた(そのため右期間中に給付された労災保険法に基づく休業補償給付金は第一審被告が第一審原告に代つて受領した。)こと、が認められる。これによれば、右の期間中においては、第一審原告についてその労働能力を喪失したことによる現実の損害は前記給与減額分を除いては発生しなかつたというべきである。

次に昭和五一年四月一日以降将来にわたる損害についてみるに、前掲乙第一〇号証によれば、昭和五〇年四月一日から同五一年三月三一日までの一年間に第一審原告が第一審被告から健康な労働者として勤務したものとして支給される給与・賞与(それまでの定期昇給による増差額分を含み、欠勤による減額はしない。)は、給与(本給・加給)一か月金八万九、一六〇円、一か年金一〇六万九、九二〇円、賞与夏期金一五万六、七〇〇円、同冬期金一七万九、二〇〇円、合計金一四〇万五、八二〇円であること、が認められる。したがつて、第一審原告が本件事故に遭遇せず、健康な労働者として第一審被告会社に勤務した場合、その右一年間における収入は金一四〇万五、八二〇円ということになる。ところで、原審における第一審原告本人尋問の結果によれば、第一審原告は昭和二〇年一月二日生まれの男子であつて、本件事故当時は二七歳で、いまだ独身であつたことが認められ、これからすれば、第一審原告は、本件事故がなければ、昭和五一年四月一日以降も一般に平均的男子の就労可能年令と考えられている六七歳まで、あと三六年間は稼働でき、その間、毎年少くとも右同額の収入を得ることができると認められる。そこで、右年収、稼働可能期間をもとにし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、第一審原告が右期間中に得るであろう収入の昭和五一年四月一日における現価を算定すると、次のとおり金二、八五〇万一、〇〇〇円となる(なお、前掲乙第九、第一〇号証によれば、第一審原告は、第一審被告から昭和五一年四月以降も解雇された昭和五四年一二月一三日までの給与・賞与の支払いを受けたことが認められるが、右証拠によれば、これは欠勤による減額がされたものであつて、健康な労働者として勤務した場合のものではないことが明らかであるから、計算の便宜上、後記のとおりこれを損害の填補として扱い、ここでは控除しない。)。

年収1,405,820円×ホフマン係数20.274≒28,501,000円

(1,000円未満切捨)

そして、これに前記給与減額分金八万二、七四八円を加えると、第一審原告の労働能力喪失による逸失利益は金二、八五八万三、七四八円となる。

なお、第一審原告は、右得べかりし利益の算定にあたつては、その計算の基礎となる年収は労働省労働統計調査部発行の「賃金センサス」による男子労働者の平均賃金によるべきであると主張するが、損害賠償制度は、元来、被害者が現実に蒙った損害を填補することを目的とするものであるから、本件における第一審原告のように、損害の発生当時、一定の職業に就いていて、現実に収入を得ていた者については、その収入によるのが相当と考えられるので、右主張はこれを採用しない(もつとも、弁論の全趣旨に照らすと、事故前、健康な労働者として第一番被告会社に勤務している間、第一審原告は、時間外勤務をして毎月幾何かの残業手当の支給を受けていたことが認められるが、証拠上、その金額を把握することができないため、前記の年収にはこれが含まれておらず、その分、実際の年収より低くなつているが、この点は後記慰藉料の金額算定にあたつて考慮するよりほかはない。)。

2  付添・介護費 金二、三三七万三、〇〇〇円

〈証拠〉によれば、(1)第一審原告は前記傷害のため、事故の日である昭和四七年六月一三日から同四九年一〇月一九日まで小諸厚生病院に、昭和四九年一〇月二九日から同五〇年一〇月二八日まで鹿教湯総合リハビリテーション研究所付属病院に、昭和五〇年一〇月二八日から同五一年二月二三日まで、同年五月六日から同年七月一七日まで、同年一二月四日から同五二年一月一一日まで小諸厚生病院に、昭和五三年四月一〇日から同年五月二〇日まで鹿教湯総合リハビリテーション研究所付属病院に、それぞれ入院して右傷害とこれから派生して生じた褥瘡の手当を受け、また右以外の期間は自宅にあつて療養に努めたこと(なお、その間、昭和五〇年六月一〇日ごろ、職場に復帰し、一時、仕事に就いたことは前述したとおりである。)、そして、昭和五四年五月一六日からは同五六年六月までの予定で長野県身体障害者リハビリテーションセンターに入所し、機能回復、職業訓練を受けていること、(2)以上の入院期間のうち、小諸厚生病院に入院中の昭和四七年六月一三日から同四八年三月三一日まで、鹿教湯総合リハビリテーション研究所付属病院入院中の昭和四九年一〇月二九日から同五〇年一〇月二八日まで、昭和五三年四月一〇日から同年五月二〇日までは付添看護が必要であつたので、一時的に職業付添婦が付き、そのほかは第一審原告の母親が付添看護に当つたこと、右以外の入院期間中は特別の添付看護は必要ではなかつたが、入院期間中及び自宅療養期間中を通じて、第一審原告の母親が随時介護にあたつたこと、なお、長野県身体障害者リハビリテーション入所中は第三者による付添看護はもとより介護も必要としないこと、(3)ところで、前記のような治療経過を経て、第一審原告の傷害は昭和五〇年六月には症状固定の状態に達したものの、脊髄損傷による下半身麻痺の後遺障害が残つたため、第一審原告は第三者による介護を受けることなしには排泄、入浴、衣服及び履物の着脱、外出等をすることは不可能であり、現在、第一審原告の母親がこれにあたつているが、母親も既に六〇歳を過ぎた高齢者であるため遠い将来にわたつてまで母親の介護を期待することはできないこと、以上の事実が認められる。これによれば、第一審原告は、本件事故により下半身の運動機能をことごとく失い、日常生活に必要な行動のうち、下半身の動作を伴うものについては第三者による介護を必要とするに至つたことは明らかであり、このような介護はその生涯を通じて欠かせないものと考えられる。

そこで、このために要する費用について考えてみるに、右認定の入院期間及び自宅療養期間、入院中付添看護を要した期間並びにその間付添看護及び介護にあたつたのは主として第一審原告の母親であること等に鑑みると、そのうち事故の日である昭和四七年六月一三日から本訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和五三年六月九日までの分は、入院中の付添看護費用も含めて金三六〇万円とするのが相当である。また、昭和五三年六月一〇日以降の分については、右同日現在、第一審原告は三三歳であり、厚生省発表の昭和五二年簡易生命表によると、第一審原告と同年令の男子の平均余命は41.69年であるから、第一審原告については少くともあと四一年間は介護の必要があるところ、当面は母親が介護にあたるにしても、母親は六〇歳を過ぎた高齢者であり、いずれさほど遠くない将来において他に介護者を求めなくてはならないものと予想されること、及び前認定の事実から推認される介護の態様等に鑑みると、その費用は年間金九〇万円(一日金二、五〇〇円、一か月金七万五、〇〇〇円の割合)とするのが相当である。そこで、右年間費用、介護必要期間をもとにし、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間中に要する費用の前同日における現価を算定すると、次のとおり金一、九七七万三、〇〇〇円となる。

年間費用900,000円×ホフマン係数21.970=19,773,000円

そして、これに昭和五三年六月九日までの分を合せると、第一審原告の付添・介護費用は金二、三三七万三、〇〇〇円となる。

3  入院雑費 金七四万八、〇〇〇円

第一審原告が前記傷害のため昭和四七年六月一三日から同四九年一〇月一九日まで、昭和五〇年一〇月二八日から同五一年二月二三日まで、同年五月六日から同年七月一七日まで、同年一二月四日から同五二年一月一一日まで小諸厚生病院に、昭和四九年一〇月二九日から同五〇年一〇月二八日まで、昭和五三年四月一〇日から同年五月二〇日まで鹿教湯総合リハビリテーション研究所付属病院に、それぞれ入院して治療を受けたことは前認定のとおりであり、その日数は合せて一、四九六日である。右入院回数、入院日数及び第一審原告の前記傷害の部位・程度に鑑みると、右入院に伴つて出捐を余儀なくされた諸雑費は一日金五〇〇円、計金七四万八、〇〇〇円とみるのが相当である。

(過失相殺)

雇用契約においても、一般の契約関係におけると同様、使用者の債務不履行により被用者に損害が生じた場合、このことにつき被用者にも過失があるときは、損害賠償の責任及びその金額を定めるにつきこれを斟酌すべきである。けだし、市民生活上、何人も自らの不注意によつて招いた結果を他人に転嫁することは許されない筋合であり、このことは雇用契約の当事者間においても何らその本質を異にするものではないからである。もつとも、雇用契約においては、被用者は使用者の指揮監督のもとに一定の職務の遂行にあたるものであつて、第一審原告のいうように、被用者はその職務の遂行に関し自由な意思に基づく判断によつて自らの行動を律し得る立場にはないけれども、しかし、このことは被用者の不注意の有無及びその程度を定めるうえで極めて重要な事柄ではあつても、右の建前そのものを覆すべきものではない。

そこで、本件事故について第一審原告に不注意があつたかどうかについて検討するに、本件事故当時、第一審原告が、ダンプトラックにおいては、その荷台を上げたままにしておくと、荷台が突然に降下することがあり得るため、その状態で何らかの作業をするときは、予め荷台と車台との間に安全ブロック等をあてがつておかなければならないことを知つていたとみられることは前述したとおりである。そして、一方、本件トラックの納車に際し、第一審被告が第一審原告に安全ブロック等を携行させなかつたことも既に認定したとおりであるが、〈証拠〉によれば、ダンプトラックの荷台の降下を防止する用具としては、一般に安全ブロック、安全支柱(角材)が用いられるが、これに限らず、車輪止めや台木、果ては石塊に至るまでその代用となり得るものであり、第一審原告は整備課に所属していた当時、これらのものが代用として使用されているところも見ていること、本件事故当時、本件トラックには付属品としてタイヤチェーン、油圧ジャッキなどが積み込まれており、使用しようと思えばこれらも代用とすることができること、が認められる。以上の事実に照らすと、本件事故当時、第一審原告がその可能な最大限度の注意力をもつて職務の遂行にあたつていれば、本件トラックの荷台を上げたままの状態で点検等の作業にかかることの危険に気付き、予め右タイヤチェーン等を用いて荷台の不意の降下を防止する措置を講ずることを期待し得る状況にあつたということができる。それにもかかわらず、第一審原告が右のような措置を採ることなしに点検作業にとりかかつたのはいかにも軽卒な行動であつて、本件事故については第一審原告にもこの点に過失があり、この過失は一見極めて重大なもののように見受けられる。しかしながら、前述したとおり、本件トラックのような車輛の納車業務を担当するにはその構造、機能についての正確な知識と各装置の的確な操作方法を会得していることが必要であるところ、本件事故当時、第一審原告はいまだこれを体得するまでには至つていなかつたのであり、荷台の不意の降下を防止する措置を講じないで作業をすることが危険であることを知つていたといつても、これを知識として持つていたという程度のものであつて、いまだ身に付いたものにはなつていなかつたことが、とつさの場合に第一審原告をして右のような軽卒な行動を採らせたものと見ることも可能である。してみると、第一審原告に本件トラックの納車業務を担当させるについて、予めその構造等についての正確な知識と各装置の的確な操作方法を十分に体得させなかつたこと、換言すれば、第一審原告のような未熟練者をその適格性を十分吟味することなしに本件トラックのような車輛の納車業務担当者にあてたことに加えて、本件トラックのような車輛の納車業務においても、荷台を上げて点検その他の作業をすることがあり得ることが予測されないではないのに、安全ブロック等の使用を励行させようとしなかつた第一審被告の安全保護義務違反の責任に比して、第一審原告の右過失責任が重いとはいいがたく、それぞれの態様を対比して検討すると、双方の責任負担の割合は第一審原告の四に対し第一審被告の六とみるのが相当である。

そこで、前記1ないし3の損害、合計金五、二七〇万四、七四八円から四割を減ずると、その残額は金三、一六二万二、八四八円となる。

4  慰藉料 金一、〇〇〇万円

前述したとおり、第一審原告は本件事故当時、二七歳の若者であつて、健康にも恵まれ、その前途は春秋に富んでいたのであつたが、本件事故のため一転して生涯車椅子による生活を余儀なくされるに至つたのであり、いまとなつては結婚して人並みの家庭生活を営むことも極めて困難である。そのほか、本件事故の態様、本件事故については第一審原告の側にも前述した過失があり、これについての第一審原告、同被告双方の責任負担の割合、第一審原告の傷害の部位・程度及びその治療経過並びに後遺障害の部位・程度など、審理に顕れた諸般の事情に鑑みると、第一審原告が本件事故のために蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は本件事故が昭和四七年当時のものであることを踏まえて金一、〇〇〇万円とするのが相当である。

(損害の填補)

以上の損害は合計金四、一六二万二、八四八円であるが、第一審原告が第一審被告から休業補償、給与、賞与、退職金として原判決添付別表(一)記載の各金員の支払いを受けたこと、また、第一審原告が労災保険法に基づく各給付金として、はたまた厚生年金保険法に基づく給付金として、第一審被告主張の各金員の給付を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで、これらの金員が損害の填補として右損害額から差し引かれるべきものなのかどうかについて検討する。

(1) 昭和五一年四月一日から同五四年一二月三一日までの間に支給された給与及び賞与

原判決添付別表(一)の記載から算出すると、第一審原告は第一審被告から昭和五一年四月一日以降も解雇された同五四年一二月三一日までの間に給与として計金二九一万六、一四三円、賞与として計金四三万八、五〇〇円、合計金三三五万四、六四三円の支給を受けていることが明らかである。そうすると、右の金額の限度では、元来、第一審原告の労働能力喪失による逸失利益は存在しなかつたのであるから、この金額は前記損害額から差し引かれるべきものである(なお、昭和五一年三月三一日までに支給された給与及び賞与については既に述べたとおりである)。

(2) 労災保険法に基づく障害補償年金

第一審原告が労災保険法に基づく障害補償年金として昭和五七年二月までに合計金五三三万二、五六九円の給付を受けたことは前述したとおりである。そして、同法第一二条の四の法意に照らすと、事故が第三者の行為によつて生じた場合において、政府の右障害補償年金の給付義務とその受給権者に対する第三者の損害賠償義務とは、相互補完の関係に立ち、同一事由による損害の二重填補を認めるものではないことが明らかであるから(最高裁判所昭和五二年五月二七日第三小法廷判決、民集第三一巻第三号四二七頁参照)、右障害補償年金は前記損害額から差し引かれるべきものである。

(3) 厚生年金保険法に基づく障害年金

第一審原告が厚生年金保険法に基づく障害年金として昭和五七年二月までに計金五一九万九、三五七円の給付を受けたことは前述したとおりである。そして、同法第四〇条の法意に照らすと、右障害年金は、事故が第三者の行為によつて生じた場合において、その受給権者に対する第三者の損害賠償義務との関係では労災保険法に基づく障害補償年金と同様の性質を有することが明らかであるから、これについても前述したと同一の理由により前記損害額から差し引かれるべきものである。

以上の各金員を前記損害額から控除すると、その残額は金二、七七三万六、二七九円である(なお、前記損害額には第一審被告主張の就業規則に基づく休業補償金及び労災保険法に基づく休業補償給付金によつて填補される休業損害が含まれていないことは前述したとおりであるから、これを右損害額から差し引くべきでないことは多言を要しない)。

ところで、第一番被告は、右のほか、その主張の退職金、労災保険法に基づく休業特別支給金、障害特別年金及び障害特別支給金並びに将来にわたつて給付される労災保険法に基づく各給付金及び厚生年金保険法に基づく障害年金等を前記損害額から差し引くべきであると主張するが、これらは右損害額から控除すべきものではないと解するのが相当であり、その理由は次のとおりである。

(1) 退職金について

一般に退職金は一定の期間勤続した被用者が職を離れるに際して、所定の基準に従い使用者から被用者に対して支給される金銭をいうのであつて、在職中の被用者の業績に対する報償又は離職後の被用者の生活保障的意味合いを有するものである。第一審被告主張の退職金もその例外でないことは主張自体から明らかであり、もともと、この退職金は本件事故に遭遇して損害を蒙ると否とにかかわりなく、第一審原告が離職する際には支給されるものであつて、右損害を填補するものではない。

(2) 労災保険法に基づく休業特別支給金、障害特別年金及び障害特別支給金について

これらの特別給付金は労災保険法第二三条の労働福祉事業の一環として、労働災害補償保険特別支給金支給規則に基づいて支給されるものであり、労災保険法に基づく休業補償給付金及び障害補償年金が労働災害により被災した労働者の損害を填補することを目的とするのに対し、右各特別給付金はさらに進んで被災した労働者の福祉の増進を図るために設けられたものである。したがつて、右各特別給付金には労災保険法第一二条の四の規定の適用はなく、これを前記損害額から差し引くことはその制度の趣旨を没却することになり、許されない。

(3) 将来にわたつて給付される労災保険法に基づく各給付金及び厚生年金保険法に基づく障害年金について

労災保険法に基づく障害補償年金(それ以外の特別給付金については前述したとおり)及び厚生年金保険法に基づく障害年金が損害の填補としての性質を有し、前記損害額から差し引かれるべきものであることは前述したとおりであるが、労災保険法第一二条の四及び厚生年金保険法第四〇条により、政府がその給付をしたことによつて、受給権者の第三者に対する損害賠償請求権が国に移転し、受給権者がこれを失うのは、政府が現実に保険金を給付して損害を填補したときに限られ、いまだ現実の給付がない以上、たとえ将来にわたり継続して給付されることが確定していても、受給権者は第三者に対し損害賠償請求をするにあたり、このような将来の給付額を損害額から控除することを要しないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五二年五月二七日第三小法廷判決、民集第三一巻第三号四二七頁参照)。もつとも、このように解すると、将来にわたつて給付される分については、第三者による損害賠償が先行した場合、損害の二重填補が行なわれる可能性のあることは否定し得ないが、このことはそれぞれの制度間の合理的な調整が図られない以上、やむを得ないことといわなければならない。

5  弁護士費用 金二五〇万円

弁論の全趣旨によると、第一審原告がその訴訟代理人である弁護士岡村親宜ほか三名に本訴の提起、追行を委任し、勝訴の場合、相当額の手数料、報酬の支払いを約したことが認められるところ、右は本件損害賠償請求権の実現のため必要な費用と考えられ、本件事案の難易、審理の経過、請求の認容額その他諸般の事情を斟酌すると、第一審被告の安全保護義務違反と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、本訴提起当時の現在価額で金二五〇万円とするのが相当である。

したがつて、第一審被告は第一審原告に対し以上の損害、合計金三、〇二三万六、二七九円とこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年六月一〇日(なお、この点について第一審原告は、本件事故の翌日である昭和四七年六月一四日を主張するが、安全保護義務違反は雇用契約上の債務不履行の一型態であるところ、一般に債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法第四一二条第三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものであるから、第一審原告の右主張は採用できない。もつとも、右のように解すると、今日、一般に不法行為に基づく損害賠償請求権については不法行為(事故)の時から遅延損害金が発生するとされていることと権衡を失する面もないではないが、不法行為に基づく損害賠償請求権について右のような解釈が採られているのは多分に沿革的理由によるものであつて、そう解さなければならない理論的必然性があるわけではない。)から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

五よつて、第一審原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、右説示の限度で理由があるからその範囲でこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであり、これと一部結論を異にする原判決はその限度でこれを変更し、また、第一審被告の控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(岡垣學 大塚一郎 松岡靖光)

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